あれだけの震災に遭いながらパニックも起こさず、ハリケーン・カトリーナのときにみられた強盗も便乗値上げもなかったことは、驚きだった。
原発問題に命懸けで取り組むという信じられない自己犠牲もあった。この際立った公共性、秩序、そして冷静さ。略奪や便乗値上げなど考えもしないコミュニティーへの連帯意識があった。 マイケル・サンデル。
混乱の中での秩序と礼節、悲劇に直面しても冷静さと自己犠牲の気持ちを失わない、静かな勇敢さ、これらはまるで日本の国民性に織り込まれた特性のようだ。 ニューヨークタイムズ
被災者に対する、賞賛のコメントをよく目にする。震災後の日本人の生活やら行動は、世界に驚きを与えたようだ。それにたいして作家の石田衣良さんの暴動が起きないことが世界を奇跡だというが、日本では全く当たり前とコメントを誇らしく思う。
しかし、ところが変われば事情が違うらしい。世界に奇跡とまで言わしめた国民の代表たる政治家のみなさんの醜悪ぶりといったらどうだ。自分のことを、客観的に評価できない首相もそうだが、民主党の議員はなお酷い。座して死を待つわけにはいかないと、気炎をあげ首相おろしにやっきになっているが、避難区域の設定をころころ変え被爆者をだしたり、基準値の3万倍の汚染水を低濃度といって近隣諸国に事前通知もなく、海洋投棄という暴挙にでた政府はすでに終わっている。それに死と隣り合わせなのは、命懸けで復旧作業に従事している東電の職員であり、満足に治療もできない被災地の病人ではないのか。
このまま、なにもせずに終わるわけにはいかないのなら、せめて被災者の保護と被災地域の復興の道筋をつけてから、内ゲバにいそしんでみてはいかがだろうか。管さんが首相として不適格であることは、明白だがそれでも現状をかんがみれば新しい総理大臣をきめるなど、愚の骨頂であると私は思う。
倉庫課
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