2007年11月20日
 ■  男谷信友

 上司のマニアックな人物をとの依頼により急遽とりあげることになりました。
幕末の人で歴史上の接点といえば、勝海舟の従兄弟ということぐらいである。
信友は天保の三剣豪の一人と謡われているが、決して豪傑然とした人物ではなくその人柄とあいまって君子の剣と称されるほどであった。当時としては珍しく他流試合を推奨し望まれればどんな相手だろうと試合をうけ、三本勝負のうち一本は必ず相手に譲り、花をもたせた。しかし逆に信友から花以外の一本をとったものはなくその実力はそこが知れないと言われていた。ある日、信友のもとに一人の若者が尋ねてきて試合を申し込む。信友はいつもどおりにこれを受け相手に花を持たせて帰した。当時すでに日本随一と言われていた信友から一本をとって気を大きくした若者は信友と同門の井上伝兵衛をたずねるが今度は一本をとるどころかこてんぱんにやられてしまう。天狗の鼻を折られた若者はその場で井上に弟子入りを願い出たが井上は「君の剣は荒削りだが素質が十分ある。私に師事するよりも亀沢町の男谷信友先生をたずねなさい。」しかし若者は「亀沢町はすでに訪ねましたが評判ほどではありませんでした。」それを聞いた井上はひとしきり笑うと若者に「きみは男谷先生に軽くあしらわれただけだ。あの人の強さは底が知れない紹介状を書いてあげるからもう一度たずねてみなさい。」半信半疑の若者は言われたとおり再度、信友をたずね井上の紹介状をみせた。一説によればこのときの立会いで若者は、一合も切り結ぶことなく、信友の眼光に気圧され気がつけば道場の床にはいつくばっていたと伝えられている。ちなみに若者の名前は島田虎之助。この後、信友に弟子入りし三剣豪の一人に数えられることになる。氷川きよしの一剣のモデルとなる人物である。
腕に覚えのある剣客を眼力のみで戦意を喪失させる力がありながら、それを誇示することをせず、立会いにおいて相手に一本を譲れる度量の大きさ。かっこいいと思うのは、私だけだろうか。

倉庫課 二十面豚
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投稿者 jatehime : 2007年11月20日 00:00

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