何故か昨日に引き続き、北海道旅行記を掲載する事になった。あまり懐かしく楽しかった記憶を掘り起こしすぎると、また旅に出たくなってしまいそうだが・・・。もっとも、次に旅に出るとすれば、オートバイではなく、バイク(自転車)を使うだろうけれど・・・。
満天の星空を屋根に眠った翌朝、開陽台の周辺は・・・いや、標津町全体が深い霧に包まれていた。白色と言うよりは、どちらかというと乳白色気味の濃霧の中で、朝の空気を霧ごと一気に肺に取り込む。少しむせたが、朝のすがすがしい空気が目を覚まさせてくれた。
マットを敷いていたとは言え、展望台の軒先の地べたに寝ていたので、身体の節々が少し痛んだ。なので、展望台から外の草原へと出て関節を伸ばしたり、体操をしたりと色々とやっていると、昨日の夜、星空の下で語り合った他のライダーさん達が起きてきた。その中の一人が皆のためにコーヒーを沸かし、濃霧ゆえにやや涼しい風に冷えた身体を温める。そして、皆それぞれ朝食をとりながら、今日一日の予定を話し合った。開陽台を発つ人、残ってしばらく滞在する人、人それぞれに様々な行き先があるが、共通して言えたのは、皆の目が一様に輝いていたことだろう。単車に乗ること、ツーリングをしていることも無論楽しいのだろうが、きっとそれよりも北海道を旅する事が出来ること、これが楽しくて仕方が無いのだろう。無論、私もそうなのだが。
様々な人の意見を聞き、私も今日一日の予定を決めることにする。動くか、留まるか・・・。迷うこと実に15分ほど、私は今日一日をこの開陽台に留まることにした。しかし、ただ留まっていたのでは勿体無いので、拠点を開陽台に置き、そこから行ける範囲で行ける場所を検索する。引っ掛かったのは、摩周湖。最初の訪問で綺麗に見えたら何とか・・・と、色々なジンクスがある湖なのだが、当時の私はそんなジンクスなどついぞ知らず、とにもかくにも行ってみることにした。
随分と引いたとはいえ、まだまだ濃い霧の中を、摩周湖を目指してひた走る。摩周湖を見渡す展望台へと続く道に差し掛かる頃には、再び濃霧が視界一杯に広がるようになり、30m先を見通すのもひと苦労・・・という程の視界しか無く、ゆっくりのペースで走っていても、何度かいきなり視界にガードレールが現れるのには、流石に閉口した。ひとつミスをすれば洒落にならない所もいくつかあったが、それでも何とか摩周湖の展望台まで辿り着く事が出来た。
摩周湖は、上り道の景色で大方の想像はついていたが、やはり霧に覆われていた。霧の摩周湖と言われるのは、やはり伊達ではないのだな・・・と感心しつつ、周囲を見やる。手付かずの自然が広がっている眼下を風が吹きぬけ、霧が移動しているのが目に見えるほどであり、幽玄という言葉が良く似合う景色だったと、今も思う。売店兼土産物屋に入り、壁にかかっている霧の晴れた摩周湖の写真を見ると、空をそのまま映し出すほどの美しい湖面が広がっていた。水鏡というのはきっと、こういう光景を言うのだろう。眼下に空があるような錯覚をしてしまいそうなほど、湖面は空を完璧に映していた。
売店兼土産物屋で絵葉書を買い、ここでも知人・家族にそれを出しておいた。特別書くことも無かったが、「とりあえず、何とか無事に生きています」とだけ書いて投函しておいた。「実にお前らしい」との感想を各方面から頂いたその絵葉書には、空を映して悠然と佇む摩周湖が描かれていた。
霧の摩周湖を後にし、一旦開陽台へと戻る道中、北海道に渡るフェリーの中で知り合い、小樽で別れたライダー仲間の一人と、偶然再会した。立寄ったコンビニで、私が店に入ろうとした所、店内から出てきたのが彼だったのだ。再会と互いの無事を喜び、彼が開陽台を目指していることもあって、私達は行動を共にすることにした。彼のバイクは大型で、後ろに沢山の荷物を積んでいた。聞けば、テントや寝具、着替えは勿論のこと、キャンプ用具一式といえるくらいの荷物を積んできているとのことだった。「今日は再会も出来たことだし、僕が今日の晩飯を振舞うよ」とのお言葉に甘えることにして、開陽台への帰り道に、材料を買い込んで帰るのであった。
ベテランといえるくらいのキャリアを持った彼も、開陽台に来るのは初めてだったのだろう。視界一杯に広がる地平線に、暫し言葉を失っていた。「何と言えば良いのか分からないけど、身体の芯からこう・・・震えが来るような・・・」と、彼自身も心の底から湧き上る感情を、上手く言葉に出来ないでいるようだった。二日目の私でも、未だに上手く伝えられないのだから、無理は無いことなのだろう。
夕食は、私が想像していたものよりも、遥かに豪勢に仕上がった。鮭の切り身のバター焼き、飯盒で炊いた白飯、地元のジャガイモとタマネギ、ニンジンをふんだんに使い、ベーコンを加えてコンソメで味付けされたスープなどを、彼は一人で手際良く作り上げた。何か手伝おうとも思ったが、ここまでの手際になると、むしろ逆に足を引っ張りそうな気がしたので、それは避けておいた。味は言うまでも無く美味で、その日一日動き回った私達は、全て残さずそれらを平らげた。
その夜、彼が淹れたコーヒーをすすりつつ、彼と様々な話をした。私が感じている将来への漠然とした不安や淡い希望、それら今思えば若く、自分でも苦笑してしまうような悩みを、彼は笑うことなく、ひとつひとつ頷きながら聞いてくれ、こちらが投げかけた疑問に丁寧に答えてくれた。今、私は当時の彼と同じ歳になりつつあるが、果たして私は彼のような大人になれているのだろうか?と思うこともある。年月を経ることが歳を取るということではない・・・と思える人だったと思う。彼が今どこにいるのかは分からないが、きっと今も元気でどこかを走っているのだろう・・・と、そう思う。
明日はどこへ行こう・・・そう考えて、昨日と同じ満天の星空を見上げている内に、意識は闇へと沈んで行った。
さて、長文になってしまったが、開陽台二日目が終了した。ここから先、私は釧路湿原に向かい、それから富良野へ向かうことになるのだが、それはまた次の旅行記で語ることにして、今回はこれで筆を置くことにしよう。
営業部:サイクリスト兼出戻りライダー
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