北海道放浪記、今回はこの北海道での大イベントのひとつ、地平線を見た話をしよう。あの感動は、今でも忘れる事は出来ないし、私自身が死ぬまで覚えているだろう風景だ。
物悲しくも心温まった発展の歴史を持った街、網走から旅立った私は、一路標津を目指してバイクを走らせていた。本日目指すのは開陽台、日本で地平線を見ることが出来る数少ない場所だ。
地平線というものを、写真でしか、しかも海外の地平線しか見たことのない私は、地平線というものがどのようなものなのか、想像出来なかった。山からの風景や水平線こそ見たことはあるが、地の果てを見ることは未だに無かったからだ。だからこそ・・・という訳でもないのだが、この北海道放浪の中で、この開陽台だけは必ず訪れておこうと決めていたのである。
標津へと向かう峠道を、バイクをひらりひらりと切り返しつつ、快調に駆け抜けて行く。途中、先の見えないカーブを曲がった先に、エゾシカが優雅に寝っ転がっていたのには本当に驚かされたのだが、寝転がっていた当のエゾシカは、やってきたバイクになど目もくれず、のっそりと立ち上がって森へと入っていった。
峠を抜け、チラホラと人家が見え始める頃には、道路がひたすら真っ直ぐになっていた。この道路を見ただけでも標津に来た甲斐があったというものだが、その感動は、開陽台へと続くアップダウンのある真っ直ぐな道に入ってから、より一層強くなった。ツーリング用の地図にも写真が載っていたし、北海道に渡る前に何度となく写真で見た景色だったが、自分の目で見る景色は、そんな写真ですらあせて見えるくらいの美しさがあった。
地平線は、私の目に緩やかなカーブを描いて映った。標高にして280mほどの高さの丘の上、開陽台はここを訪れる全てのライダー達が想像している景色の、更に上を行く美しさをもって、私を出迎えてくれた。天気は快晴、蒼穹を所々白く染める雲、夏の強い日差しも、ここに吹く涼しい風にその熱を和らげていた。
開陽台の丘の頂上、展望台に立ち、360度ぐるりと回ってみる。目に飛び込んでくるのは、緩く弧を描いた地平線。どこまでも続く大地の緑、蒼穹の蒼、その二つの境目の霞んだ白。頭の中で何度も想像し、北海道に渡ってからも待ち焦がれた景色が、私の視界を一杯に埋めていた。
人間、大きな感動を得ると自然と涙腺が緩くなるのか、不意に泣けた。それはここまで辿り着いた自分に対してなのか、あまりに大き過ぎた自然への驚きなのか、遥か北の地で故郷のことを思い出したからなのか、それはその時の私にも、そして今の私にも分からない。見ると、他にも地平線を見て涙を流す人は数多くおり、皆が何かを感じ、それを上手く表現する事が出来ずにいるのだろうことが見て取れた。自分の芯から沸いて出た気持ちを言葉にすることは、きっと出来ないことなのだろう。
恥ずかしながら、当時の私は少しヒネていた。少し斜に構え、物事に対して素直に応対するのが苦手だった。別に悪ぶっていた訳ではないが、とにもかくにも、素直に物事に向き合うのが苦手だったのだ。だが、この景色はそんな私の中の引っ掛かりなど、いとも簡単に吹き飛ばした。その後、北海道を旅したが、ここを訪れる前と後では、北海道を旅する気持ちに、少しずつ変化があったように、今では思う。
その日は、開陽台に宿を取ることにした。宿を取る・・・と言ったが、本日の宿に屋根は無い。寝袋とマットを展望台の軒先に敷き、満天の星空を屋根代わりの野宿だったが、どんな宿よりも最高だったと思う。同じように星空を屋根に眠ろうとするライダーさん達と枕を並べつつ、皆で感動を分け合いながら、ゆっくりと意識が薄らいでいったのであった。
さてさて、今回の北海道放浪記はここまで。前半のピーク、そして北海道の目玉の一つを書いたが、私の拙い文才では上手く表現できてはいないと思う。遠い北の地ゆえに、なかなか行く機会も時間も取り辛いだろうが、この場所には皆様にも是非一度、いや、機会が取れるなら何度でも行ってみて欲しい。私はまだこの一回しか行っていないが、また行きたいと思っている。それが何年後であれ、何十年先であれ。何度行ったとしても、その度に新たな感激が、きっと私を待っているだろうから。
営業課
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