2006年07月31日
 ■  食べ歩記

私が食について書くにはどうしても避けて通ることは出来ない店、それが京都嵐山にある、桜宿膳料理 〔京・嵐山 錦〕である。
学生時代、帰省の途中で必ず大阪の親戚に寄り道してお小遣いを貰ってから帰っていた。ある時叔母が、京都へ行こうと言い出して着いて行った。
嵐山駅から歩いて観光地巡りをし、昼食が渡月橋畔中ノ島にある数奇屋作りの「錦」だった。
メインの{桜宿膳}の料理は月替わりでその月・季節の旬の物を調理して出すとの事
(その昔京都の商家の子供の食い始めに使われた膳、また従業員の銘々膳に用いた箱膳をヒントに、桜の名所嵐山の桜と昔宿屋だったことから昭和35年主人田中恒雄によって{桜宿膳} と命名され今日に至っている)
学生の分際で毎月食べたいと思った・・・・(交通費と金が無い・・・泣)
就職した年は仕事が大変で京都のことは忘れていた。
翌年、出来たばかりの関東工場へ転勤になったが、休みが無い・・・・泣き
当時休日は日曜日のみだったが、労働時間の見直しで毎月第四土曜日が休みに成った
なんと第四土曜は必ず給料日の後・・・・・笑笑笑笑笑笑笑笑
それから毎月第四土曜日の京都嵐山渡月橋畔中ノ島には私がいた・・・・・・・・つづく!!
倉庫課 中予 LEE
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2006年07月28日
 ■  釣バカ、はじまり

 十数年前、友人に誘われ初めて磯釣に行った。着ている服以外は全て借り物。朝早く船に乗り、小さい島の一角に降り、仕掛けを作ってもらい迷惑をかけながら釣開始。
 まともに投げることも出来ず、横の友人と比べると、とても釣れるとは思わなかった。
 しかし、間違いがあるものである。数時間後、ウキが水面から消え、道糸が張り、竿がしなった。魚が釣れたのである。その時の手応え、釣り上げたときの感動は今でも忘れることはない。
 この一匹が釣バカのはじまりである。(釣れた魚は40cmくらいのサンノジである。)
 ちなみに、この二週間後、大蔵省に陳情し、道具一式を買い揃えました。

営業課 太公望?
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2006年07月27日
 ■  大好き戦国武将 第二回

徳川秀忠。
いやはや、なかなか歪んでいます。数多いる戦国武将のうち、よりによって何故に、秀忠なのか。例によって開き直りです。では、いざ参る。
 徳川秀忠。家康の三男にして、二代目征夷大将軍。この人を語るうえで欠かせないのが関ヶ原の大遅刻である。家康は東海道を豊臣恩顧の大名たちを引き連れて、秀忠は徳川勢と共に中山道を。このとき秀忠は信州上田で稀代の謀将、真田昌幸の篭城戦術に翻弄され関ヶ原に着いたときには、決戦は終わっていた。おおよそ、三万八千の軍勢。しかも、元亀、天正の頃から武田信玄や北条氏政、浅井朝倉といった強豪たちに家康の采配のもとに戦った兵を擁しながらの大遅刻は前代未聞の大失態である。だが、これは家康と秀忠との間であらかじめ決められていた狂言ではないだろうか。と私は思う。理由はいくつかある。
 まず、秀忠には、優秀な兄弟、即ち後継者としての資格を持つライバルがいた。しかもとびきり強力な兄が。次男の結城秀康。十七歳のとき、大阪城内の馬場で自分に馬を寄せてきた秀吉の御家人を、たとえ殿下(秀吉)の御家人といえども、秀康に馬を並べる法はありや。といって、一刀のもとに切り捨て天下に武人としての矜持を示した猛将であり、徳川譜代はおろか、豊臣恩顧の大名からも絶大な人気を誇る。
 秀康の絶大な人気を考えれば、秀忠の地位は非常に危ういものであった。秀忠をして後継者たらしめているのは、ひとえに父、家康がそう定めているからに過ぎない。よって、家康が後継者指名を白紙に戻そうとしたときに、体をはって翻意を促がしてくれる後ろ盾を持たない秀忠は、なにを置いても家康の意にそうように、行動しなければならないはずである。
 次に中山道の人選である。本多正信、大久保忠燐、榊原康政。いずれも、万石取りの重臣であるがこの中で、榊原康政が問題となる。徳川四天王の一人であるが、徳川と密接な関係にあった、酒井、本多、駿河の名門、井伊などに比して榊原は郷士である。閉鎖的な徳川家中においていっかいの郷士たる康政が四天王と呼ばれあまつさえ、万石取りになれたのは、本人の能力もさることながら、誰あろう秀吉のおかげである。
 小牧長久手の戦いのとき思いつく限りの悪口雑言で秀吉を罵倒した康政を、秀吉は和睦の使者とし、陣中に向かえると康政の忠義や武勇を褒めちぎり、官位をあたえる。
 官位が上がればそれ相応の領地が必要となり、吝嗇な家康としても世間の手前、二万石の大名に抜擢する。その後もおりにふれては、康政を気にかける。そして、家康が関東に国替えになったときに、秀吉は康政の加増を家康に命じ、康政は館林十万石を得る。
 一連の康政贔屓が秀吉一流の諜略であることは、いうまでもない。鉄の結束を誇る家康家臣団に亀裂をいれようという、意図がみえみえである。
 幸い康政は、徳川に対する忠義一途の人であったが、家康との間は完全に冷えきっていた。晩年、体を壊した康政をみまった使者に対して家康の使者には、布団の中から、拙者も年老いて腸が腐り申した。と暴言を(康政は使者の本多正信に対して日ごろから、味噌勘定しかできない、腸腐され者と広言して憚らなかった)吐き、秀忠の使者に対しては、正装に着替え使者を上座において、秀忠のみまいの言葉にたいしてお礼を述べたとされている。
 信玄、信長といった戦巧者の采配を見聞し、秀吉の謀略の凄まじさを知り尽くした家康にとって、たとえ譜代の重臣といえども信用の置けないものを戦場につれていくことは、出来なかったのではないだろうか。
 最大の論拠としては、やはり関ヶ原の合戦後も依然として、秀忠が後継者としてあり続けたことにある。戦局を左右できるほどの大兵力を擁しながら、肝心要の戦に遅刻する前代未聞の大失態である。秀忠以下、首脳陣は全員切腹しても追いつかないほどである。それが誰一人として、お咎めなしでは間尺が合わない。
 さらに秀忠が率いた三万八千が徳川政権を恒久的なものにするための政争の場において
他の大名たちの不満をねじ伏せる強力な抑止力になったことを考え合わせれば、やはり遅刻は狂言であったと考えるのが妥当であろう。
 そう考えると秀忠の人物像がみえてくる。父親に従順な恐妻家という世間一般のイメージではなく。名よりも実を取るというよりも、実の為に名を捨てる即ちその時々においてもっとも重要なことをためらうことなく、選ぶことのできるリアリスト。しかし、けっしてワンマンというわけではなく、部下の意見を虚心で聞くことができ、その才能をいかんなくふるわすことのできる器量。なかなか魅力的な人物に思えるのは、私だけだろうか。
倉庫課 次長の影武者
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2006年07月26日
 ■  大好き戦国武将 第一回

石田三成
戦国武将と銘打って信長、家康を無視していきなり、三成を取り上げるあたり、自分でも歪んでいるなぁと、思わないでもないが好きなものは好きなので、仕方ないと開き直ってたりする。でわ、いざ参る。
石田三成。近江の土豪、石田家の次男。幼い頃、寺で修行中、偶然立ち寄った秀吉が疲労困憊なのを見て最初は茶碗いっぱいの水を。それを飲み干し、呼吸を整えた秀吉に今度は茶碗半分ぐらいの白湯を。白湯を飲み干し、心身ともにリッラクスした秀吉に今度はきちんとした作法に則っり入れたお茶をだし、人の欲するものを慮り、それを先んじて実行できる、行動力と頭の回転の速さを、秀吉に認められ小姓として取立てられた。あまりに有名なエピソードであるがおそらくは、創作であろうと思われる。なぜなら時期的には、浅井を滅ぼし信長から近江の差配をまかされ、城を長浜に移したぐらいである。このときの秀吉は金ヶ崎で見事に殿を果たし、武将として天下に名前を売り出したころである。常識で考えてみよう。百姓あがりながら、柴田、林、佐久間ら、織田家譜代の重臣を差し置いて近江を領することになった、織田家随一の出頭人。金ヶ崎で勇名を馳せた羽柴秀吉が寺にやってきたのだ。小坊主に接待役を任せるわけがないだろう。だが、後世にこのようなエピソードを創作されるほど、頭がずば抜けてよかったことは、歴史が証明する事実である。例えば、朝鮮で豊臣軍が戦を続けられたのは、ひとえに三成が指揮した補給部隊のおかげである。三成でなければ、戦線を維持することはおろか、あまたの将兵が生きて日本の土を踏むことは、適わなかったであろう。
 私が三成を好きなのは、ずば抜けた頭のよさに憧れるミーハーな部分と、戦国時代の武将には、珍しい潔癖な理想主義者な点にある。三成の旗印、大一大万大吉。一人はみんなの為にみんなは一人の為に力を尽くせば、天下は幸せになる。おおよそ、そのような意味合いであるが、三成はその理想を全身全霊で体現させようとしていた。あまり、知られていないことだが、秀吉が天下の主だった時代は庶民にとって生きにくい時代であった。そんななか、三成は自分の領内において、善政をしきたいそう庶民から慕われていたそうである。
 しかし、自らの長所ともいうべき頭のよさと、理想が三成自身を破滅に導くことになる。
頭がよすぎるがゆえに、他人の意見を聞くことがなく、潔癖であるがゆえに融通がきかなかった。そのため、豊臣政権内において人望を失い、結果、関ヶ原において、相手より大軍でしかも先んじて高所を押さえ、なおかつ、包囲に成功するというこれ以上はないという好条件を整えながらも諸侯の寝返りにあい、一敗地にまみえることになる。だが、負けたとはいえ、三成が傑物であることにはかわりない。伊吹山の山中から京の刑場へと向かう途中喉の渇きを訴え、白湯をたのんだ三成に兵士は山中だから白湯はない、かわりに干し柿があるからそれで、我慢してもらえないだろうか。すると三成、干し柿は胆の毒だと聞く。自分は体が丈夫なほうではないので、いらないと。せっかくの好意を無にされた兵士は、もうすぐ首をはねられる人間が健康を気にしてどうするのかとあきれた。三成は、真の大丈夫はたとえ首をはねられることになっても、最後の瞬間まで命を粗略にしないものだと。
 この話を聞いたときの感動を今も忘れていない。命を懸けることと、命を軽く見ることは、同じように見えてまったく異質のものであると、初めてきづいた。真に命を懸けた人間はその重さゆえに最後の最後まで決してあきらめないものだと。
倉庫課 次長の影武者
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2006年07月25日
 ■  『 なんの、これしき! 』

日曜日の夕方、女子のゴルフ中継も終わり観たい番組もなく、だらだらと名古屋場所の千秋楽をテレビ観戦した。優勝は朝青龍と決まっており興味は白鵬が朝青龍を破って横綱になれるかどうか、この一点であった。相撲内容も良く面白い一番であったが勝負が長引いた分だけ若い白鵬が有利なのか見事に横綱を押し倒した。紫の座布団が飛び交う中、天下のNHKアナウンサーが横綱昇進が決まったかのように絶叫し、白鵬の入門の経緯から今日までを声高で説明した。『良く頑張ったなァー』と観ていると5分も経たないうちに相撲協会の広報から理事会は招集しないと発表があり、当然横綱審議会への答申もない。
解説者の舞海が『かわいそうな気がします。』と言った後、元横綱北の富士は『これで負けてはいけない。なんのこれしきと思って来場所も頑張って欲しい。』と言った。私も舞海と同じくかわいそうに思っていたが、北の富士の言う通りである。『なんの、これしき』久しぶりに良い言葉を聞いた。がっかりして終るのか、もう一度頑張って横綱の座を掴み取るのか、来場所が楽しみになって来た。
営業部 立行司 木村 庄之助
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2006年07月24日
 ■  書庫の整理

 経理は4月の決算、5月の監査・申告、6月の総会が終わり年度がやっと切り替わったと感じています。例年、この時期を利用して保存年限が過ぎた書類を廃棄しており、先日も主に保存年限7年が過ぎた大量の書類を汗をぬぐいながら整理しました。廃棄書類の中には電算システム導入前の懐かしい?手書き文書や計算表がまだまだ残っており、時間と手間が掛かっていたんだなと思い起こす一方で、近年のパソコンによる事務作業の効率化を改めて実感させられます。更に3年前に導入した電子帳票化により書類の廃棄自体があと数年で大幅に削減される見込みで、毎年この時期の「汗をかく仕事」がまもなく過去の話になるとは事務機器の進歩に驚くばかりです。

総務課 Y.S
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2006年07月21日
 ■  夏が来た!!

異常気象か歳のせいか?近年夏の暑さが苦痛となりました
若かりし日はこの暑さに喜び、夏の開放感に歓喜した日が懐かしく・・・・

我が社においては飲料輸送も大きなウエイトを占め、暑さは概ね大歓迎なのですが
個人的には空調の効いた部屋での転寝がささやかな贅沢となりつつある今日この頃です。
運送業は燃料高や環境問題対応、荷主様よりの高サービス要求等経営環境は大変厳しさが増すばかりです
仕事の後のビールの味を思いつつ(本人はまったくの下戸ですが)元気に秋の実りに期待して頑張りましょう。

~ゴン太の主~
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2006年07月20日
 ■  練習をしよう。

ブログの題材何にするか、迷う中、好きなスポーツ(ゴルフ)をあげる事にした。
スコアーをまとめるためには、「得意クラブをつくり、苦手なクラブをなくす」ことがスコアーアップにつながる。ゴルフバックの中には14本のクラブがあり、いかに有効にクラブを使ってコースを攻めるか。シングルプレーヤーはその様な能力が有るからスコアーをまとめることができる。14本の中で一番面白いクラブはドライバー。「1ヤードでも遠く飛ばしたい」「OBを打ちたくない」そういった気持ちからミスヒットを打ってしまう。ドライバーはもっとも長くて軽い。シャフトがしなり、遠心力が最大に働き、力をいちばん「必要としない」クラブであると分かりながら、いちばん力を入れて振り回す。
大事なのは、自分のスイングリズムをキープし、軽く、ゆっくり、振ることで正確なミート率が上がり遠くに飛んでくれる。力を入れていない足りなさを感じるかも、それは今までの感覚の間違い。手でクラブを振るのでは無く、体のターンのスピードがあれば力を入れなくても飛距離がでる。頭の中では分かっているが、イザ、コースに行けば力が入る。普段、練習もしない私がこれからの季節、大汗を出し健康管理をしながら次回の社内ゴルフコンペまでにはスコア90前後・・・。ちなみに前回の社内コンペの結果はBBでした。

営業部長  清水宇造
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2006年07月19日
 ■  団塊のひとり言

 07年から団塊の世代が定年を迎える。
 昭和22年~24年生まれの第1次ベビーブームの塊が一斉に会社人をやめる。
 受験戦争、企業戦士、豊かな生活を求めて戦ってきた世代が、目標に向かって達成感や挫折を味わいながら、家庭より仕事を優先してきた彼らが今後何に向かって進むのか? 会社人から良い社会人になるために???

常務 加 藤
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2006年07月18日
 ■  主客転倒

主客転倒。先日、ブログの題材づくりのためか。あるいは、自分への注目度を上げるためか? 放火容疑で逮捕された女性がいました・・・・・・
それはさておき、弊社のHP内に設けたブログコーナー。トップバッターは私(社長)。これも必要な率先垂範なのでしょうか・・・?
 かの吉田兼好には遠く及びませんが、「心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくる」内容になればと願っています。
弊社社員が交替で綴る言葉から、幾分なりとも「素(す)」のJAえひめ物流(株)を感じとって頂ければ幸いです。
社長 武智嘉之
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